Apemanさん&kaipopoさんへの返信2


やっと帰れた・・・。この土日も仕事になりそうである。相変わらず体調も悪く、乗り切れれば良いのだが・・・。

http://d.hatena.ne.jp/syachiku1/20120209/1328799491
id:Apemanさんとid:kaipopoさんよりコメントとトラックバックをそれぞれ頂いた。
これらに対しての返信をこのエントリーで行う事にする。時間が余りない中書いているので、書き方が雑になるかも知れないがご容赦頂きたい。

Apemanさんからのコメントについてだが、

>>別段「違法とする法的根拠」をお持ちという訳ではないようである。
>どうして右の人って書いてあるものを素直に読むことができないんでしょうかね?

その「書いてあるもの」というのは、「パリ不戦条約」の事を言っているのだろうか?パール判事は法的拘束力を否定していると少し前のエントリーで書いた(↓)事もあり、まさかこんなものを持ち出して不法だなどと言うとは想像出来なかったと言うのが正直な所である。一々応対するのも面倒なので、「それはパール個人の見解だろう」とか言った不毛な突っ込みは無用でお願いしたい。

 「パール判事の法律観」
 http://d.hatena.ne.jp/syachiku1/20120206/1328527311

>パール判決書を「結論先にありき」と批判したのは私が知る限りApemanさんが始めてである。
>東京裁判の多数意見が「結論先にありき」であるという批判は比較的良く聞くのだが・・・。
上記2点については過去に
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20080717/p3
で触れています。

ご紹介頂いた記事を読む限りでも、パール判決書が「結論先ありき」で書かれたという根拠が見当たらない。百歩譲ってパール判事が初めから日本を無罪にするつもりで裁判に臨んだとしても、その成果物である「パール判決書」にそのような思惑が反映されているとは限らないし、もしパール判事がその「目的」を達する為に法を曲解なりしたのなら、判決書にその痕跡が残らなければならない(それが無ければ問題提起そのものが成り立たない)。似たような主張になるが、パール判決書のどの部分に「結論先ありき」で書かれたと思われる痕跡があるのか具体的に指摘しなければ、そもそも話にならないのである。


kaipopoさんからは以下のようなトラックバックを頂いた。

「パール判事は「謙虚」だったのか?」
http://d.hatena.ne.jp/kaipopo/20120210/1328843342

先に書いておくと、私はkaipopoさんにイデオロギーを超えたある種のシンパシーを感じていた(迷惑だったら申し訳ない)。意見が対立する事は多いとは言え、それらの議論は本当に有意義なものであったと今でも思っている。

ただ正直、このトラックバックには心底失望した・・・。別に私が批判される事自体は構わないが、それがパール判事にすら及んでいるとあっては、到底看過できるものではない。

まずもって、タイトルからして唐突過ぎる。パール判事が「謙虚」だったかどうかなど、人格についての議論など誰もしていない。「パール判事は謙虚ではない?それがどうした」とか反応のしようがない。

>将来世界連邦(世界政府)が成立した暁には、自然法によって韓国併合は不法になりうる可能性がありますね。くり返し「韓国併合は合法である」と強調・力説していたことを、撤回していただけないでしょうか。
意味が分からない。「自然法により織田信長の悪行を不法行為として断罪する」などと言っているようなもので、そんな事をして一体何になるのかという疑問もさる事ながら、こんな屁理屈にもならないような稚拙な理論を展開している人間が多い事が、そもそも世界連邦の成立を妨げている要因になっているような気がするのである。

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国際法はそれを執行する機関を持たない法である。それが最大の弱点であり「役に立たない」と軽視する者もいる。だからこそパールは「世界連邦」の理想を持った。
各国の主権を制限して世界連邦の下に置き国際法によって秩序づけたいとパールは願ったのだ。(パール真論:119ページ)

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※ただし小林氏は「世界連邦」の思想には賛成している訳では無く、残念ながらパールの理想は実現出来そうに無いとも書いている。

自然法が適用できるなら韓国併合も不法にできますよね」などと揚げ足取りのような事を言って茶化すkaipopoさんには、パール判事がどのような思いで「世界連邦」の実現を願ったのかなど理解も出来ないだろう。

>しかしであればこそ、法実証主義は不完全な世界の不完全な思想だと「謙虚」でなければならないはずだ。syachiku1氏にはそのような謙虚さが感じられない。
別に私が不遜だと思われる事自体はどうでも良い(このトラックバックを読んだ後なら尚更だ。もはやkaipopoさんにどう思われようが痛くも痒くもない)。

>パール判事にもそのような謙虚さがないのではないか、という疑念もある。
「パール判事が「実定法」のみの適用にこだわり、自然法を一切無視して日本の道義的責任に目を向けなかった。そこに後ろめたさを感じないのはおかしい」などというのは、そもそもパール判事が「裁判官」である事を認識しているのか疑いたくなるような意見である。裁判に道徳や普遍的正義などという曖昧なものを持ち出す事による危険性を、パール判事が判決書の中で書いてある事も既に提示済みである。自然法を用いる事が出来ないのは国際社会の責任であり、パール判事の責任ではない。何故そんなものにパール判事が負い目を感じる必要があるというのか。論外である。

このような批判一辺倒の意見kaipopoさんにぶつけるのは正直心苦しいし、寂しくもあり残念でもある。しかし私は元々kaipopoさんに「慣れ合い」を求めている訳でもないし、kaipopoさんもそんなつもりは無いだろう。故に多少きつい表現もある事は承知で、このまま掲載する事に決めた。