パール判事は右派ではない

ここ数日、id:Apemanさんやid:kaipopoさんと「パール判事」について議論してきた。時間が無い中書いた矢継ぎ早なエントリーがここの所多かった事もあり、このエントリーで一度まとめて区切りを付けたいと思う。

言うまでもなく、私はパール判事の法的感覚やその人格の高潔さを完全に支持する立場であり、東京裁判についても、パール判決書に則り「ただの戦勝国による復讐劇であり、全否定する」という認識である。

ただ注意しなければならないのは、パール判決書を戦前の日本を肯定する「根拠」にはしても、「手段」にしてはならないという事だろう。実際問題として日本の戦争犯罪についての研究は今日目覚しく進化している(「従軍慰安婦問題」は戦後の日本の戦争犯罪を研究する学者達による研究成果の「賜物」であると言えるだろう)。いつでもどんな局面でもパール判事を持ち出してそれらを全て肯定するのは無理な話である。パール判事が(法に基づかない)「日本の道義的責任を断罪した」等という主張は荒唐無稽ではあるが、同時に日本の「道義的責任を肯定する」根拠としてパール判決書を使ってはならないという事も認識しておく必要がある。そのように濫用するような行為は、「法の真理」を追究したパール判事に対し失礼にあたるのだ。

今回の議論を通じて思った事があるのだが、私はパール判決書の解釈を巡って意見が対立していたとしても、パール判事自身やその業績を否定するような声は無いと思っていた。パール判決書を要約した田中正明氏著の「パール判事の日本無罪論」は、そのタイトルについて一部で非難の声が挙がった事は有名である。法学者の戒能通考氏も読売新聞の書評で田中正明氏を罵倒しているが、それはあくまでもパール判決書に対する批判などではなく田中氏の「解釈」についてであった。「共同研究パール判決書」でも、その序文の解説文でやはり「日本無罪論」を批判してはいるが、パール判決書の内容そのものを批判している訳ではない。つまりパール判決書の内容そのものについて批判的な意見を持つ論者などいないというのが私の認識だった。

しかし今回Apemanさんは、パール判事及びパール判決書自体に批判的な意見を述べている。ただこれまでも散々指摘した通り、「結論先にありきの判決書」「(法廷への欠席が多い事を根拠に)法廷での証言を軽視した」「少数意見だから法的価値が無い」と、パール判決書のどこにそのような批判に値する箇所があるのかも指摘せず、ただの印象批判にしかなっていないという、私の目から見ても杜撰な事この上ないものである事は間違いない(※1)のだが、しかしある意味では斬新な意見であるとも感じたのである。

※1 「興味がない」と逃げるのであれば、安易に批判などするべきではない。私自身kaipopoさんに同様の指摘を受けている為、自戒の意味も込めてこのように主張する。

ここからは私の想像でありかつ主観であるが(こう断っておかなければまた謝罪と撤回を求められるかも知れないし)、現在の日本では「パール判事が右派の味方」等という、かなり単純な見方がなされているのでは無いだろうか?確かにパール判事及び判決書を好んで取り上げ、絶賛しているのは大抵右派と呼ばれる側である事は否定出来ない。左派が「戦前の日本の道義的責任」を追及するのにパール判決書は特に障害になる訳では無いとは言え、戦前の日本を(法的に)無罪としている事は事実であり面白い話ではないのも確かである。「右派に都合が良い」「左派に都合が悪い」という事実関係が、「パール判事が右派の味方」で挙句の果てには「パール判事は右翼」などというとんでもない誤解を生んでしまっているのでは無いだろうかと危惧しているのである。そのような誤解を解く為に言っておく必要があるが、パール判事自身は「平和主義者」であり「反戦主義者」である(※2)。そのようなパール判事個人の思想信条が判決書には一切反映されていないというだけで、むしろ現在で言う所の左派に近い思想の持ち主なのだ(ただし小林よしのり氏の見解では、パール判事の「平和主義」を戦後民主主義の「平和主義」と同一視する事は出来ないというものである)。右派が(過剰に)持ち上げているからといって、パール判事に対しても同様の偏見を抱き、その業績を不当に評価するような事だけはあって欲しく無いと心から願う次第である。

※2 「パールは絶対平和主義者であり、世界連邦を提唱し、日本の再軍備反対を唱えた事も事実である。」(パール真論:106ページ)


ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論

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パール判事の日本無罪論 (小学館文庫)

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共同研究 パル判決書(上) (講談社学術文庫)

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共同研究 パル判決書(下) (講談社学術文庫)

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