広田弘毅の死刑判決（前）

「東條英樹」「松井石根」に続き、今度は広田弘毅について書きたいと思う。

Ａ級戦犯として死刑判決を受けた広田弘毅には、多くの同情する声が上がった事で有名である。しかしその一方で、軍部に対し終始弱腰な態度を取り続けた事が日本の破滅を招いたと彼を酷評する声もあるようだ。広田については、政治家としての経歴を大まかに書いておこうと思っている。

広田は１９３３年に斉藤実内閣の外務大臣に就任する。この時期、日本の軍部は暴走気味だった。１９３１年の満州事変勃発以降、軍部が積極的に政治に関与しようとする動きが強まっており、挙句の果てには政党や財界が腐敗しているとテロやクーデター未遂が相次ぐようになっていた。軍の統制回復を図ろうとした犬養毅首相が５・１５事件で海軍将校に暗殺されてしまうなど、いよいよ持って抑えが効かなくなっていた。広田は、文官として軍部に対抗できる人材として期待され任命された。

この時期に広田が掲げたのが、「和協外交」であり、日中関係の正常化、対米英・対ソの関係改善に尽力した。１９３５年に「私の在任中に戦争は断じてない」と明言したことなどもあって、しばらく日中関係が好転したとされる。

しかし軍部は岡田内閣のやり方に反発しており、実際この間にも陸軍が満州に接する華北地方を中国の影響下から分離する工作などを行うなどしていた。

１９３６年には２・２６事件が勃発。多くの閣僚が殺害されたことにより岡田内閣は総辞職する。後継首相に選ばれていた近衛文麿が固辞したことにより広田が総理大臣として抜擢される運びとなる(広田は当初辞退していたそうであるが近衛の懸命な説得により了承する)。

広田内閣の組閣にあたっては、陸軍に文民内閣を阻止したい思惑があったようで、組閣に強引に干渉した。表立って発言していたのは寺内陸相だったが、実際には武藤章(当時陸軍中佐)の意向が強く反映されていたようである。結局の所最初に予定していた閣僚の半数の変更を余儀なくされた。当時は陸軍の意向を無視して組閣も政権運営も困難な程に、軍部に強力な力があった事を伺わせる。

広田内閣の役割は「粛軍」だったが、結果だけを見ると成功したとは言いがたい。この時期に「軍部大臣現役制の復活」を許してしまった事は後に大きな遺恨を残す事になった。またこの時期に「日独防共協定」が締結されている(ただしこの時点ではこれが軍事同盟に発展するとは想定されてはおらず、事実後に広田は日独伊三国同盟の締結には反対していた)。

軍はますます増長し、中央行政機構と議会制度の改革案を提出するなど、政権運営は困難を極めた。寺内陸相が議会の解散を強く求めて、更に断れば辞任するとまで迫り、広田は内閣総辞職を選ぶ事になり、結局広田内閣は１０ヶ月で瓦解した。

その後１９３７年に成立した近衛文麿内閣で広田は三度目の外相就任を果たす事になる。広田の最大の不運はこの時期に外相を務めていたことでは無いかと思われる。というのも、就任直後の７月７日に盧溝橋事件が起き、泥沼の日中戦争が勃発したからである。盧溝橋事件の翌日には、陸軍中央と外務省は不拡大・現地解決の方針を決定するなど、広田は不拡大路線を主張していた。しかし中国では排日運動が盛んになる空気が生まれており、排日テロ行為が相次いだ事により日本国内の対中世論が硬化していた。７月２９日に発生した通州事件により更にその流れが加速し、８月１４日の第二次上海事変が決定打となって、近衛内閣は不拡大方針を転換し上海派遣軍を送ることになった。

ただその後も日本の参謀本部は国民政府との和平を画策していた(トラウトマン工作)。しかし蒋介石は１１月にトラウトマン経由で伝えられた講和条件を拒否する。時局は次々に変わり、１２月１３日には南京が陥落する。この勝利で日本側の提示する講和条件はより一層日本に有利な内容に吊り上げられた。蒋介石は一層態度を硬化させてしまう事になる。

蒋介石は和平を拒み続け、日本側への回答を先延ばしし続けていた。回答期限が過ぎた１月１５日時点で、日本の参謀本部で交渉継続を訴えたのは多田駿参謀次官唯一人という状況だった。広田は多田に対し、「永き外交官生活の経験に照らし、中国側の応酬振りは和平解決の誠意なきこと明瞭なり。参謀次官は外務大臣を信用せざるか？」と発言したとされる。翌１６日に近衛が「国民政府を相手とせず」という声明を発表する(近衛声明)。しかしこの政策は明らかに失敗であり、近衛内閣は路線変更を余儀なくされる。声明を撤回する目的で、広田は外相を辞任した。

これ以降は、広田は表舞台には出ていない。太平洋戦争末期
にはソ連を仲介役として和平工作を画策するも失敗、しかも終戦工作が軍にばれてしまい、有形無形の圧力を受ける羽目になったそうである。

終戦後の昭和２０年１２月２日には、広田に「Ａ級戦犯容疑者」として逮捕令がＧＨＱより発令される。

・・・長くなったので、東京裁判での広田の動向等については後日改めて書きたい(随分長くなってしまった・・・。誰が好き好んでこんなの読むんだ(笑))。